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サポーターが書くレヴューは。 [Marinos *]

昨日のエントリですが、
言葉不足というか、よくわからずに迷ったまま書いてしまったことがまる見えでした。
失礼しました。

広島に大敗直後、シーズン頭にもしつこく書きましたが、
私自身は“手堅い1-0勝利”が嫌いではないんです。慣れ親しんだ分、むしろ好き。
そのうえ“セットプレー=伝家の宝刀=トリコの看板”と思ってるぐらいの『昔サポ』なので、「OK!OK!」なんですが、
ふと、こーきち君下で今季時間をかけて積み重ねて目指してたカタチを思うと、
「いいのかねぇ…」が残る勝点3のよーな気が否めなかったわけです。

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「なんだか、うまく書けなかったなぁ。」のまま、今朝、いたさんの『Loose blog』のレヴューに、なんだか納得してしまいました。


『サポたるものに戦評は必要か?』
応援スタイルは人それぞれだとは思いますが、
私個人は、サポの書く戦評こそ、“意味あるレヴュー”と思ってます。

レヴューとまでいかなくても、一緒に戦った試合を、“自分でよくわかるため”に、感想をまとめてみることは、次の観戦の濃さに繋がると思う。
なので、コンスタントに試合が生で観られていたこの6月までは、ハーフタイムと帰宅直後、マス含め他の戦評をみる前に、なるべく早くここにまとめてました。
直後なので、冷静さは欠いてますが、素直さはあったと思います(笑)。

そもそも、なぜ“自分でよく知りたい”のか?
選手個人にもチームにも「こーできたら、もっとすてきなんじゃーないのか?」と、自分でわかって次の観戦にのぞむと、そこができてたり、挑戦しようという姿勢がよくみえてくるから。
で、心の振るえドコロや思わず拍手してるトコロが増えるから。
選手やチームが、一試合一試合に課題をもってのぞむのと同じかも。
そこを自分でまとめながらひとつチームを観つづけると、自分オリジナルの視点が持てる。
職業ではないので、ほんとに偏重はげしいオリジナルでもいいわけで。
でも、それぞれが勝手に感じているはずなのに、
同じひとつチームを見ている人は、やっぱり不思議と視点が重なってくる。
それは、「こーなったらもっとワクワクするぞ。」と言う期待の方向がリンクしてくるということで。
そのリンクが、ピッチのひとつプレーに、スタンドで同時発露すると強力なフローの素になって、選手を後押しできるのかもしれず、
チームサポがチームのプレーカラーに関与(参加?)できてくんじゃないかなぁ、とか。
ま、そこまで言うとおおげさですが。

自分の視点(期待)がわかると、同じ気持ちのレベルで観ている人の視点(期待)を知ることが、とてもおもしろい。
「そーそー、そーなのよぉ。」って共感したり、
「にゃるほどぉ、そーゆー観方もできるのねぇ。」とか。
その“重箱の角的視点”は、なかなかマスのレヴューにはなかったり、温度差があったりします。
それは、たぶんチームへの“気持ちの寄せ方”の違いなんだと思う。

昨日の試合の感想の中には、残念なことに「○ソ試合」的な、マリサポらしからぬお上品ではないものもみうけられ、
「をい、をい、気持ちはわからなくないけども君のチームではないからぁ。」とか、思ったり。

サポの書くレヴューには、
“チームが今、何を目指してるか?”を支持する姿勢と、期待があって、そのうえに個人の好みや希望があってほしいなぁ、と、私は思うのです。

(携帯で記事上げしてるので、リンクはちょっとむずかしいのですが…、)
それで、昨日の『Loose blog』のエントリに、 
「さすが、いたさん!」と、心ふるえちゃったわけです。

『勝てば官軍、負ければ「切り替え」』ではない、
勝敗に関わらず、いつも試合を観る喜びと期待と愛情に溢れ、次の課題もしっかり見つけだし、その姿勢を積み重ねている。
だから『Loose blog』は、1エントリも見逃せない。

一喜一憂に指を任せきってる私は、いつも反省させられたり励まされたり。
いつもありがとうございます、なんです。

試合をしっかり観られない今、『Loose blog』はじめ愛情に溢れたサポ・レヴューは私の支えであり、
(テレビででも)またコンスタントに試合が観られる環境になったら、いたさんみたいな姿勢を忘れずに、ひとつひとつ大事に書き落としていきたいな、と、今朝は思った次第です。
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